民法(家族法制)等の改正@
〜養育費に関する制度の改正(令和8年4月1日施行見込み)〜
弁護士 長森 亨

令和6年5月17日に成立した民法等の改正(同月24日公布)では、共同親権の導入が盛り込まれたことに注目が集まっていますが、養育費に関する制度も大幅に改正されています。
父母の離婚後に養育費の支払を十分に受けられていないことがひとり親家庭の貧困の要因の一つとして指摘されており、このような状況の解消のために、今回の改正では、父母が養育費を定めずに協議離婚した場合の法定養育費制度の導入(本コラム1)、養育費を含む債権への一般先取特権の付与(本コラム2)、養育費を含む債権に関する裁判所の審理手続や執行手続の効率化のための手当(本コラム3、4)など、多くの改正がされています。
このコラムでは、これら改正部分の概要をご紹介します。
なお、本改正の施行は公布の日から2年以内の日とされており、現段階では令和8年4月1日の施行が見込まれています。
(1)改正の趣旨
日本の協議離婚における養育費については、養育費の定めをしない離婚が多く、@離婚後に養育費の協議が調わない場合、養育費を請求するには家庭裁判所の調停・審判による必要があり債権者の負担が大きい、A調停・審判がされるまでの負担を債権者が負う、B始期が請求時からになるため、請求が遅れればその負担を権利者が負うといった問題があり、その影響を子が受けるといった問題がありました。
このため、父母が子の監護に要する費用の分担について定めをすることなく協議離婚した場合に、法律上当然に一定の養育費の支払義務が生じるものとして、法定養育費の制度が新設されました(改正民法766条の3)。
(2)制度の概要
ア 発生要件
「父母が子の監護に要する費用の分担についての定めをすることなく協議上の離婚をした」場合に発生することとされました(なお、婚姻の取消し(民法749条)、裁判上の離婚(民法771条)、認知(民法788条)の場合にそれぞれ準用されています)。
イ 権利主体
「父母の一方であって離婚の時から引き続きその子の監護を主として行うもの」が他の一方に対して法定養育費の債権を有するものとされました。
ここでいう「監護」は、子の身の回りの世話を現実に行っているという事実的な概念を指し、その者が「子の監護をすべき者」(民法766条参照)として指定されている必要はありません。子の監護の分掌の定め(改正民法766条参照)がある場合や、子の監護に関して父母間に何らの取決めもされない場合であっても、父母の一方が主として子の監護を行っている場合には、その者が法定養育費の行使主体となると解されています(部会資料35−2、12頁)。
ウ 法定養育費の額
「子の最低限度の生活の維持に要する標準的な費用の額その他の事情を勘案して子の数に応じて法務省令で定めるところにより算定した額」の支払を請求することができるものとされました(改正後民法766条の3第1項)。この法務省令は本コラム執筆時点では定められておらず、法定養育費の具体的な金額は明らかになっていません。
エ 始期・終期
始期は「離婚の日の属する月」とされ、終期は次のとおりとされました(改正民法766条の3第1項)。
- @協議により子の監護に要する費用の分担についての定めをした日
- A子の監護に要する費用の分担についての審判が確定した日
- B子が成年に達した日
また、始期・終期の属する月は日割り計算によるこことされました(改正民法766条の3第2項)。
(3)債務者の保護手続
ア 債務者による支払拒絶
法定養育費は、父母が養育費の定めをすることなく離婚したという事実により債務者の実際の収入等を考慮せずに法律上当然に発生することから、債務者に実際の支払能力を超える債務を負担させる可能性があります。そこで、債務者が「支払能力を欠くためにその支払をすることができないこと又はその支払をすることによってその生活が著しく窮迫することを証明したときは、その全部又は一部の支払を拒むことができる」とされています(改正民法766条の3第1項ただし書き)。
この支払拒絶は、あくまでも債務者側の資力を理由として「法定養育費」としての支払を拒むことができる要件を定めるものであるため、この要件に該当する場合であっても、同居親側の資力その他の事情を考慮した結果として、父母の協議又は家庭裁判所の審判等において、別居親に一定の養育費の支払義務を負わせる旨の定めがされることはあり得ると考えられています(部会資料35−2、13頁)。
イ 裁判所による免除等
このように法定養育費が債務者の実際の支払能力を考慮せずに発生するものであることから、離婚後に家庭裁判所で子の監護に要する費用の分担についての定めをする場合又はその定めを変更する場合には、その判断のときまでに既に発生してしまっている過去の法定養育費の債権について、家庭裁判所が「債務を負う他の一方の支払能力を考慮して、当該債務の全部若しくは一部の免除又は支払の猶予その他相当な処分を命ずることができる」こととされています(改正後民法766条の3第3項)。
(4)経過措置
法定養育費に関する規定は、施行日前に離婚した場合には適用しないとされていますので、施行日前に養育費を定めずに協議離婚していた場合、施行日後になっても法定養育費が請求できることにはなりません(附則3条2項)
(1)改正の趣旨
ひとり親家庭の子の生活の保護という観点から、その養育に必要な費用を保護するという社会政策的考慮を根拠として、養育費等の債権に一般の先取特権が付与され、その順位は雇用関係の先取特権に次ぐものとされました(改正民法306条3号)。
一般の先取特権とは、債務者の総財産から他の債権者よりも優先して弁済を受ける権利です。改正前には、共益の債権、雇用関係、葬式の費用、日用品の共有という順序が定められていました。今回の改正で養育費等の債権も一般先取特権が付与され、この順序の中で雇用関係に次ぐものと位置づけられたわけです。
(2)対象債権
一般先取特権の対象となる債権は、婚姻費用、養育費、前記1の法定養育費、扶養料などの確定期限の定めのある定期金債権の各期における定期金のうち「子の監護に要する費用として相当な額」とされ、具体的な金額は、「子の監護に要する標準的な費用その他の事情を勘案して当該定期金により扶養を受けるべき子の数に応じて、法務省令で定めるところにより算出した額」とされました(改正民法308条の2)。
これは、婚姻費用、養育費、法定養育費等の債権が先取特権の対象となることを明らかにする一方で、他の債権者との公平の観点から、一般先取特権の対象となる部分を限定するものです。このため、合意や審判等で定められたこれらの債権の全額について一般先取特権が及ぶわけではない点に注意が必要です。
この法務省令は本コラム執筆時点では定められておらず、一般先取特権の対象となる債権の具体的な金額は明らかになっていません。イメージとしては、具体的な金額が6万円と定められた場合、合意で養育費を10万円と定めていても、一般先取特権として権利を行使できるのは10万円全額ではなく、6万円の部分にとどまることになります。
(3)効果
一般先取特権が付与されたことにより、対象債権については、他の一般債権者に優先して債務者の総財産から弁済を受けることができることが法律上明確にされました。債務者に対して強制執行の競合が生じた場合や債務者の破産手続等において、他の一般債権に比して優先的な取扱いを受けることができることになります。
また、対象債権を有する債権者は、債務名義がなくても、担保権の実行により、債務者の総財産について強制執行が可能となりました(民執法181条1項4号、190条2項、193条1項)。
前述のとおり、一般先取特権の対象債権は法務省令で定める額に限定されているため、合意でこれよりも高い金額を定めていた場合、債権全額について強制執行をするためには、結局債務名義が必要となることに変わりはありません。しかし、一部であっても債務名義なしに強制執行が可能となったことにより、一部でも早期に回収が可能となり、また、債務者が任意に履行する動機付けになると考えられます。
このほか、対象債権を有する債権者は、「担保権を証する文書」を提出することにより、債務者の給与債権に係る情報の取得の申し立てることができることとされたほか(改正民執法206条2項)、後記4の養育費執行のワンストップ化の手続も利用できることとされました(改正民執法193条2項)。
(4)担保権実行の手続
ア 債権者側の手続
債権者は、執行裁判所に「担保権の存在を証する文書」を提出することによって債務者の財産に強制執行を申し立てることができます。
この「担保権の存在を証する文書」は、現行法の解釈として、公文書に限らず私文書でよいとされており、提出文書の種類や格式にも限定はないと解されています。子の監護の費用の一般先取特権の場合、典型的には離婚の際に養育費の支払を合意して作成した離婚合意書などが考えられますが、具体的にどのような文書がこれに該当するかは今後の議論や施行後の事例の蓄積を待つ必要があります。
イ 債務者側の手続
債務者側の手続については、原則として特段の手当はなく、通常の担保権実行の場合と同様です。
すなわち、担保権実行の場合、担保権の不存在又は消滅を理由として執行抗告又は執行異議の申立てが可能であり(民執法182条)、強制執行の手続に応じて必要な不服申立をすることになります。債権に対する担保権の実行の場合、差押命令の裁判に対しては執行抗告が可能であり(同法193条2項、145条6項)、告知を受けた日から1週間以内に抗告状を裁判所に提出する必要があります(同法10条2項)。
一般先取特権の付与により、債務名義なしに担保権の実行として強制執行が可能となることから、法制審議会においては債務者保護のための手続の要否が議論されましたが、子の監護の費用の一般先取特権についてのみ特別に債務者保護手続を要する理論的な根拠に欠けることから、採用は見送られました。
ただし、前述の法定養育費の場合、要件を満たせば法律上当然に債権が発生するため、具体的な状況によっては事前に反論の機会もないまま債権差押命令等が発令されることが債務者にとって酷な場合も考えられることから、法定養育費について一般先取特権による担保権実行として差押命令を発する場合、執行裁判所は民事執行法145条2項(「差押命令は、債務者及び第三債務者を審尋しないで発する。」)にかかわらず、必要があると認めるときは、債務者を審尋することができることとされました(改正民執法193条3項)。
執行裁判所が差押命令の発令前に債務者審尋を行うかどうかは、執行裁判所が個別具体的な事案における事実関係等を踏まえて判断することになりますが、例えば、離婚成立から差押命令の申立てまでの期間の長さやその間の法定養育費の一部支払の有無、差し押さえるべき債権の内容等を考慮して、債務者に反論の機会を与える必要性の程度と債務者による財産隠匿のおそれの程度を踏まえて判断することになると考えられます(部会資料35−2、15頁(注3))。
(5)経過措置
一般先取特権が付与されるのは、改正法の施行日以後に生じた対象債権になります(附則2条1項)。よって、施行日前に養育費等の滞納があっても、当該滞納分について一般先取特権が付与されるわけではなく、担保権実行などもすることはできないことになります。
(1)改正の趣旨
婚姻費用や養育費の調停、審判等では、実務上、権利者及び義務者双方の収入を基礎として算定されていますが、義務者から収入に関する資料が任意に提出されない場合、適正な認定が困難になるとともに、裁判の長期化にもつながることから、収入に関する情報を可及的に把握できるようにするための規律が新たに設けられました。
(2)制度の概要
ア 対象事件
対象事件は以下のとおりです。婚姻費用及び養育費が問題となり得る事件が網羅されています。
- @婚姻費用、養育費の調停・審判(改正家事法152条の2、258条3項)
- A扶養に関する調停・審判(同184条の2、258条3項)
- B離婚についての調停事件(同258条3項)
- C離婚訴訟における養育費の附帯処分(改正人訴法34条の3第1項)
イ 手続及び開示対象
裁判所は、対象事件において、必要があると認めるときは、申立てにより又は職権で、当事者に対し、その収入及び資産の状況に関する情報を開示することを命ずることができることとされました。
親族間扶養の審判事件においては、扶養義務者の「資力」が判断の考慮要素とされており(民法879条)、また、子の監護に関する処分の審判事件等においても、事案の内容によっては義務者の収入に加えて財産の状況も考慮要素になり得ることから、開示の対象は「収入」だけではなく、「収入及び資産の状況に関する情報」とされました。
(3)制裁
開示を命じられた当事者が、@正当な理由なく開示しないとき、A虚偽の情報を開示したときは、裁判所は、10万円以下の過料に処することとされました(改正家事法152条の2第3項、改正人訴法34条の3第3項)。
法制審議会においては、資料を開示した場合よりも過料の金額を支払った方が、当事者の経済的負担が少ない場合が想定されることから、過料の制裁によるよりも、開示しない当事者に不利益な事実を認定できることとした方が効果的ではないかとの意見もありましたが、このような事実認定は、現行法の下でも、審判手続の全趣旨に基づきすることができると解されていることから制裁として明文化することは見送られました。
(1)改正の趣旨
養育費等の債権に基づき強制執行の申立てをするためには対象となる債務者の財産を特定しなければなりません。民事執行法には、財産開示手続や第三者からの情報取得手続などの手続が用意されていますが、現行法下ではこれらの手続について、それぞれ当事者による申立て等が必要となるため、法的素養のない者が自らこれら手続を選択し、申立てをすることは容易ではないなどの問題がありました。このため、養育費等の債権に基づく民事執行について、債権者の負担軽減の観点から、1回の申立てにより、財産開示手続、第三者からの情報取得手続及びこれらの手続により判明した給与債権の差押えを連続的に行うことができることになりました。
差押えの対象となる債権は給与債権に限定されています。対象に預貯金債権を含めることも検討されましたが、複数の金融機関から口座が順次開示されたような場合に、差押えの対象となる口座やタイミングを債権者においてコントロールできないことが債権者の不利益になる場合があるなどの懸念等が指摘され、給与債権に限ることになりました。
(2)制度の概要
ア 養育費等の請求権(民事執行法151条の2第1項各号に定める婚姻費用、養育費及び扶養料の債権)について執行力のある債務名義の正本を有する債権者が、@財産開示の申立てをした場合には、開示された財産(給与債権に限る。)について、A給与債権にかかる情報取得の申立てをした場合には、情報が開示された給与債権について、債権者が反対の意思を示した場合でない限り、差押えの申立てをしたものとみなし、自動的に債権差押手続に移行することとされました(改正民執法167条の17第1項)。
また、上記@の財産開示の申立てをした場合において、財産開示期日に出頭した債務者が財産を開示しなかったときは、債権者が反対の意思を示した場合でない限り、執行裁判所が市町村等に給与債権にかかる情報の提供を命じなければならず(同条2項)、情報が開示された給与債権については、債権者が反対の意思を示した場合でない限り、差押えの申立てをしたものとみなすこととされました(同条1項)。
イ 上記@Aの申立てをしたが、給与債権の特定ができない場合、それ以上手続が進行できないことの手当として、執行裁判所が債権者に対して相当の期間を定めて、差し押さえるべき債権を特定するために必要な事項の申出をすべきことを命じることができ、債権者がその期間内に当該申出をしないときは、差押命令の申立ては、取り下げたものとみなされます(同条第6項)。
ウ 上記の一連の手続は、子の監護の費用に関する一般の先取特権を有することを証する文書を提出した債権者が財産開示の申立て(民執法197条2項)、又は債務者の給与債権に係る情報取得の申立て(改正後民執法206条2項)をした場合に準用され、子の監護の費用の一般先取特権に基づく執行にも利用できることとされました(改正後民執法193条2項)。
(3)経過措置
養育費執行手続のワンストップ化の規定が適用されるのは、改正法の施行日後に申し立てられた手続になります(附則7条)。よって、施行日前に申し立てていた手続が、施行日後にワンストップ化の規定に従って進行することにはなりません。
このように、本改正により養育費の取り決めから履行確保の各段階まで幅広く改正がされましたが、履行確保については、あくまで当事者の責任と負担で行うしかないという問題は解決されていません。この点について、法制審議会では、公的機関による立替払い制度などの公的支援の拡充についても議論されましたが、民事基本法制について調査審議をする法制審議会への諮問の範囲を超えるものとして、具体的な制度の議論には至りませんでした。しかし、本法の衆参両院の附帯決議においては、いずれも「公的機関による養育費の立替払い制度など、養育費の履行確保のさらなる強化について検討を深めること」との決議がされており、今後、このような履行確保のための公的支援の拡充についてさらに検討が進められることが期待されています。
以上